■最新記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■月別アーカイブ
■プロフィール

りゅう

Author:りゅう
愛媛県出身。
青年海外協力隊19年度2次隊
モザンビーク共和国マプト州の片田舎
美術隊員として派遣。
派遣期間2007年9月~2009年9月

そんなりゅうのJOCVの一部始終を、断片的にお伝えします。

コメントについて:コメントするときにパスワードを入力する欄に、自分でパスワードを設定しておくと、あとで自分のコメントを編集しなおせます。
mixiはコチラ

■RSSリンクの表示
■バンザイカウンター

■リンク
■ここからりゅうにE-Mailが送れます

名前:
メール:
件名:
本文:

■ブログ内検索フォーム

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
愉快な生徒 ネリート
ネリート

彼は無口だけど一生懸命な生徒で、

レンガ作りの課題のときも誰よりも早く終わらせていた。

それだけでなく、他の生徒を手伝ってあげたりもしていた。

こうやって、俺が教えたことが他の人に伝播していくと、

知の普及が始まるのだなあと思っていたのだけれど、

ネリートが毎日毎日現れるのに不信感を抱きはじめた。

力の弱い女生徒ばかりを手伝って人気を得たいのか・・・。

いやそうではない。

おそらくその生徒たちの間で支払いが発生している。

レンガ作りを嫌がる女生徒がネリートにいくらか払い、

不純なギブ・アンド・テイクが行われている気がするのだ。

お前、金とって手伝ってるだろ、と聞いても、

とってないです。仲間を手伝うのが好きなんです。

と答える。

そうか。それは素晴らしい。(んな訳ない。)

実はレンガが10個ほど必要なんだけれど、いくら?

と、かまをかけてみるも、いまいち反応が無い。

思い違いかなあと思いながら他の生徒と話していると、

先生、さっきのレンガの話、本当なのかと詰め寄ってきた。

目の色が違う。

絶対レンガ造りの商売してる。

ネリート。

毎日毎日現れて、汗だくで土を練るネリート。

無口で、ひたすら作業をし、知らぬ間にいなくなるネリート。

学校内でいい商売見つけたネリート。

スポンサーサイト
モザンビーク ~人々~ | 03:00:54 | Trackback(0) | Comments(0)
英語満点・手巻き寿司0点
うちの学校には、アメリカの団体からも2人ボランティアが入っている。
英語教師のアナとケイティ。
母国語で授業ができるのはすごくうらやましい。

2人は教員向けにも英語の講座を開いていて、俺も参加している。

先日、その講座のテストがあったのだけれど、なんと満点取ってしまった。
テスト後に得点をもとにクラス分けがされたのだけれど、ハイレベルなほうのクラスで
否定形の作り方 do + not
とかをていねいに教えてくれている。


さてそのアメリカ人ボランティアのアナとケイティが、もうすぐ日本に帰る俺をディナーに招待してくれた。
メニューはなんと手巻き寿司(具は野菜と卵とツナ)。
もうすぐ日本に帰るのに、このタイミングで日本の味!?
アメリカ人に用意してもらって!?
しかもおいしかったし。

ちゃんと作るところからみんなで楽しもうと材料が用意されていて、
「作ってみて」
と言われた俺はさあ大変。

「作ったことくらいあるけれど、あんまりよくわからない」
なんて弱気なことは、日本人として口が裂けても言えない。
日本人代表として、正しい、おいしい、手巻き寿司を作らなければならない。
日本からの期待を一身に背負って海苔を手に取る。

しかし苦戦する俺。
「ごはんがちょっとパサパサしてるなー」
とか、
「このまきす(っていうんだっけ?)短いなー」
とか言い訳しながらたどたどしく作ったらなんとか様にはなった。
「ま、こんな感じかな」
とか言ったあとにアナが作った手巻き寿司がめっちゃ上手!
作り慣れてる。
俺は絶対がっかりされた。
日本人失格だ。
二人ともお箸も上手に使えるし、いいとこ見せられなかった。

完敗でした。
応援してくださったみなさん、ごめんなさい。すし1
手前のいびつなのが俺が作ったやつ。
奥のきれいなのがアナが作ったやつ。

すし2
完勝コンビ、左がケイティ、右がアナ。

モザンビーク ~人々~ | 09:35:52 | Trackback(0) | Comments(0)
改めてモザン人の時間間隔ってばよ
本日7月25日(土)、週末なのに学校で会議があった。
新しく定められた教育方針についての講義とか、1学期の生徒たちの状況とこれからの方針とか、結構まじめな会議なんだけれど、最終的には出なきゃ良かったと後悔した。
それは、会議の後に首都に上がる予定があったからで、そうじゃなかったら、いつものようにモザンビークらしいなと笑って済ませられたことなんだろうけど。

とりあえず、会議は8時からなので8時ちょうどに学校に行ってみると、4~5人くらいしか先生がいない。
特に気にもしなくなってきたけれど、ぞろぞろと20人以上集まってきて、会議は1時間遅れで始まった。

会議の時間割も一応決めてあるのだけれど、みんな好き勝手に気が済むまで喋るのでダラダラと長引いて、途中休憩の時点でさらに1時間、合計2時間予定よりも遅れていた。

そのあと、郡か州の教育局から来た人が教育省の新教育方針についてパワーポイントを使いながら語り始めて、時計なんか一回も見ず、ほんとにただの一回も見ずに時間なんか全く気にせずに好きなだけ話しまくってくれた。
その人の番ですでに2時間遅れていたのに、その人が、1時間半の持ち時間で3時間も使ってくれたから、なんと合計3時間半の遅れとなった。
マルティンシュは明日知り合いの結婚祝賀会がマプトであるので、早々と会議を抜けて行った。
思えば俺もそれに続いていればよかった。

その話しまくったおっさんも、いかつい顔をして槙原敬之みたいな声をしていたので最初はちょっと面白いなくらいに思っていたのだけれど、途中からは顔も見たくないし声も聞きたくなくなってしまっていた。

モザンビーク人は時間のコントロールということを本当にしない。
遅れて到着するし、時間を取り戻すために急いだりもしないし、自分の番になるとほんと好きなだけ気が済むまで話すし。

アルゼンチンからモザンに移り住んできた白人の牧師さんが教えてくれた言葉で、
「俺たち(黒人)は時間を持っている。お前たち(白人)は時計を持っている」
という、アフリカ人の時間に対する態度を表したものがあるけれど、なんとなく分かる。

先週、1分も遅れずに始まり、途中の時間のショートや延長にも見事に対応し、
時間内にきっかり終わった隊員総会を経験していただけに、今回の3時間半遅れはありえなかった。

こういう会議の時は、学校から出る朝ごはん(朝のおやつ)やお昼ごはんにいつもよりも豪華なメニューが出るのだけれど、遅れているからといって昼ごはんを前倒しにすると昼ごはんの後にみんな帰っちゃうといけないからか、ちゃんと終わるまでお昼ごはんにならなかった。

結果、朝のおやつが12時半、お昼ごはんは17時半ということになった。
俺はせっかくの豪華なメニューも味わうことが出来ず、早々と首都へと旅立ったのだった。
ぶー。

モザンビーク ~人々~ | 08:14:22 | Trackback(0) | Comments(0)
健康診断と電話番号交換
2年間の任期中、半年と1年半のタイミングで健康診断があります。

任期が残り5ヶ月になろうとする僕も先日、2度目の健康診断を終えました。
問題なしです。

しかし最近朝晩が冷え込んできたので、と言っても半そでだと寒いかなというくらいですが、
風邪をひいてしまいました。

それなのに授業準備が間に合わず1時間睡眠で授業をする日があって、
こういう時に不摂生というかずぼらな性格だと体調に悪いなあと思ったのですが、
金曜だったこともあり、授業後夕方から14時間半ほど寝たら
結構良くなったような気がします。
休養休養です。

健康診断のときにレントゲンを撮ってくれた技師の人と話していると
その人はインドの出身ということがわかりました。
僕の父も協力隊でインドに行っていたのだという話をして、
具体的な州の名前を言ったり、父に教わったヒンディー文字で
自分の名前を書いて見せたりすると大盛り上がり。
電話番号を教えてくれました。

モザンビークでは日本よりもはるかに低いハードルで電話番号交換が行われます。
シャパ(バス)でたまたま隣の席で少し会話がはずんだだけで番号交換します。
僕も知り合いのパーティーとかで出会った人なら番号交換しますが、
かけたことは無いしかかってくることもほぼありません。
シャパの中で出会った人には番号は教えません。

その辺は割り切ります。

モザンビーク ~人々~ | 17:38:05 | Trackback(0) | Comments(2)
最近のニュース
また同僚のマルティンシュのこと。
やつはモザンビーク人の間でもちょっと癖のある性格のようです。

今まで会ったモザン人の中で一番喋るのが早い。
モザン人でも聞き取れないくらい。
だから聞き取るの大変。

んでやたら頭の回転が早くて言い訳の天才。
決して非を認めようとせずこちらの問いかけや詰問に「はい」「いいえ」では答えない。
必ず冗談でごまかしたり話題をすり替えたりする。

ずる賢そうな半笑いの顔でいることがよくあり、その顔は誠実さからは程遠い。
そうでなくても普段から誠実とは言えない手抜きの行動は多いし、
人をおちょくったような態度もある。

他の先生たちともどこか一線を画しているような、それほど親しくしていないような気がする。

その理由をなんとなく考えたのだけれど、彼の学歴とプライドが関係しているかもしれない。

ほとんどの同僚が大学卒で、教員資格レベルが一番上のN1なのに、
専門学校卒のマルティンシュは確か一人だけN3で二段階も下の資格だった。
N3と言えば、一昨年まで2年制だった我が校の卒業生と同じ資格レベル。
中でも仲良くしている方の先生の資格レベルはN2だったりもする。

モザンビークで大卒なのとそうでないのでは、給料がものすごく違うらしい。
差が給料や資格ではっきり見えるけれど本人は能力に差があるとは思ってないから、
自分の非を認めたり弱みを見せたり相手の意見に屈したり同調したりできないのかもしれない。

自分はいろんなことができる、という、能力を誇示する発言もマルティンシュはかなり多い。
俺はその辺のバックグラウンドを想像して自分で勝手に納得してしまうからか、
理不尽な行動をとったり間違った意見を聞いたりしたときにもマルティンシュを責めきれない。
少なくとも、その場で論破するということはお互いにとって無意味だと思う。
言い訳の天才で論破するにもできないかもしれないけれど。

しかしマルティンシュの授業はそんな嫌いじゃない。
適当なときは適当だけれど、窮屈なカリキュラムの中でも彼なりに工夫した課題を出したり、
彼の授業では生徒が活発に議論する雰囲気が作られ、いい意味でにぎやかである。
話している内容もためになることや納得のできることが多いし、
聞いていて俺も生徒として授業を受けているような気分になることもある。

あともうちょっと誠実であってくれればいいんだけどなあ。
一番腹が立つのは言い訳の部分だから、自分の間違いや弱さを認める勇気を持って欲しい。
それを認めないと、間違いも弱さも無かったことになってしまい、
そうなったらいつまでたっても進歩しないのだから。

進歩といえば、マルティンシュの息子メルトンは目覚しい進歩を見せている。
1年半前は言葉をまともに発することができず、歩き方もおぼつかなかったのに、
今は50メートル向こうでも俺を見つけると、名前を叫びながらすごい勢いで走ってくる。
言葉もはっきりとしたフレーズを発するようになった。
なついてくる子供はかわいさもひとしおだぜ。

モザンビーク ~人々~ | 08:22:56 | Trackback(0) | Comments(0)
モザンビーク人同僚のいろいろ
とある教員が今年授業を持つやら持たないやらでごたごたして、
時間割変更の結果大幅に暇になった。
変更は今週月曜からで、事前に告知は無い。

あまり言うとあれだけれど、週に3日しか授業がなくなった。
授業時間も24時間から12時間に。

けれど、同じ科目を同僚のマルティンシュと分けて担当することになったため、
内容の検討や成績評価、テストなんかがマイペースにできなくなった。
というかもう乱され始めている。

マルティンシュはモザン人らしい行き当たりばったりさと適当さがありながら、
やるべきことは強引にやりきってしまう勢いや指導力?もある為に、
言葉もままならない日本人の俺が同じことをするのは無理だ。

先日、マルティンシュに授業準備のアドバイスをしてもらって、
生徒に質問を投げかけてディスカッションさせるポイントを作ってみたら、
大失敗した。
聞いたときはいけそうな気がしたのに。

モザン文化に関することだったので議論に方向性を付けて引っ張ることが全くできず、
ゴチャゴチャ自由に話す場になってしまった。

生徒もさぞかし退屈だったと思う。
それにこんな雰囲気を続けてるとなめられるので、
授業はちゃんと自分が用意したフィールドの上でやろうと思った。

余談だけれど、マルティンシュが廊下で女生徒の乳をつついていた。
この光景は去年も見たが、どちらも冗談で済んでいる。

乳はつつかないまでも、必要性が無さそうなのに女生徒を呼び止めて指導したり、
自分の事務室に呼んで会話をする機会を持つということが、
男性教員の間でよく行われているように感じる。

そういえば先日体育の授業を見学したときに、
右向け右ができない女生徒に体育教師マトゥッシが抱きついていた。
それは純粋に教師としての愛溢れる指導なのか?
否、それは煩悩だ。
その子はクラスで一番可愛い子だったもの。

モザンビーク ~人々~ | 01:04:34 | Trackback(0) | Comments(4)
ムボッコ小学校と魅惑の双子
俺の配属先は教員養成学校で、生徒の教育実習に引率して小学校に行った。
ムボッコ小学校。
そこは、まさしくアフリカの小学校ですよ~~~っていう小さな学校だった。

午前は3~5年生、午後は1,2年生が学んでおり、6,7年生は他の大きな小学校に行かなければならない。

1.muboco1 2.muboco2
  ムボッコ小学校            教室

3.muboco3
  第三の教室

1. 小学校外観。左端の小屋が職員室。
2. 教室。できて数年。2つある。
3. 午前中は3~5年生の授業があるが、高学年が2つの教室を使うので
  3年生はマンゴーの木の下で授業を受ける。

4.muboco4 5.muboco5
  子どもたち

6.muboco6
  授業風景

 4.5.低学年、元気そのもの。
休み時間には転げまわって遊んだりけんかしたりしている。
目はキラキラ。
6. 授業風景。椅子や机は無く、コンクリートの地面にじかに座る。
  一応みんな教科書は持っていたみたい。
 一学年30人くらいで、途中から集中力が切れて騒ぎ始め、教育実習生ではたびたび収集がつかなくなる。みんななぜか、3cmくらいの恐ろしく短い鉛筆で字を書いている。物を大事に使っているのか。


ある日、用事で書類を受け取りに小学校に行ったら、一人の先生が来ておらず、自宅まで伺うことになった。
その案内役として指名されたのが、双子の姉妹、アベルタとロゼッタ。

7.futago1 8.futago2 9.futago3
  アベルタとロゼッタ                  ロゼッタとアベルタ

 水色の手さげを持っているほうがアベルタで、この子はなぜか写真を取ろうとするとちょっと隠れたりした。
写真大好きのモザンビーク人にしては珍しい。
 先生の家まで案内してもらうときも、最初しばらくはロゼッタが前を歩きアベルタは俺の後ろを歩き、まるで2人同時の写真を撮ろうとする俺のカメラを避けているようでもあった。

 しかしひとたび2人並んで歩き始めると、内向的だと思っていたアベルタのほうが、ロゼッタに気づかれずに振り向いてウインクしてきたりした。何かにつけしたたかに出し抜くのは、将来的にアベルタのほうかもしれない。
ウインクし返すとまたウインクしてくるので、面白くて何度も何度もウインクしあった。
 その一瞬をカメラは捕らえた。→写真9.



双子ってなんだか神秘的で、やぶの中を小さな双子の女の子に連れられて歩いていると、なんだか森の妖精と一緒に歩いているような気分になり、異世界に連れて行かれるんじゃないかなんて錯覚におちいった。
もしくはモ〇ラに出会うのではないかと。

10.Roseta 10.拡大Aberta
  ロゼッタ             アベルタ

 結局最後までアベルタは写真にまともに写りたがらず、しようがないから遠近法で2人を並べて撮ってあとから見てみると、普通に立っているロゼッタの遥か後方でアベルタは、思い切りアカンベーをしていた。
 この双子、実に面白い。

モザンビーク ~人々~ | 15:39:01 | Trackback(0) | Comments(0)
若き才能アドルフォ
長い間ブログを書かないでいると、次に何から書き始めたらいいのか分からなくなる。

今回は優秀な生徒について。
Adorfo

彼の名はアドルフォ。
レギュラーコースD組の出席番号2番。
大人しいほうの性格なのであまりよく知らなかったけれど、窯を作るときにも積極的に手伝ってくれた数少ない生徒の一人。

彼は俺もびっくりするくらい陶芸に興味を示していて、自分で土を準備して美術室に作りに来て、週末のうちに作品を作って俺に見せてきたりする。
そういう陶芸にハマった生徒は他にも数人いるのだけれど(嬉しい限りです)、他の生徒と決定的に違うのが、すごく謙虚な学ぶ姿勢と冷静な分析力。

他の生徒は、大きな作品が作れるようになって、「かっこいいだろ」的に完全に満足している雰囲気がある中で、アドルフォは少し違った。

「先生、作っている最中はいいものができている実感があるのですが、できあがってしまうと自分の作品に違和感を感じるというか、作品から興味を失ってしまいます。どうしてでしょう。」

お、こいつなんか自分の仕事に哲学を持ってそうだな。

と、感じた瞬間でした。
立ち止まって考え、それを俺にぶつけてくるということが他の人には無かったので。

そして俺はたいしたアドバイスもしないのに、俺が10教えると12くらいやってのけたりするということが続き、俺が紹介した装飾技法を俺よりも自分のものにしたりもしてる。
人のものを真似して自分の作品に再現する人は多いけれど、発展させたり自分のものにすると言う人は彼以外にはいない。

先日、電動ロクロをやりたいというのでコップを作って見せ、一通りの手順を紹介し、2,3度アドバイスをしたら、午後には結構しっかりとしたコップを一つ作っていた。
底がしまってるかどうかは分からないけれど、厚みも均一に伸びているし高台のところも絞れているしまっすぐに糸でピッて切れてるし。
苦心して作ったのか、ラインにのびのびとした勢いが無いくらいで、形にはほぼ問題なし。
なによりそれがロクロ初日だというのがびっくり。
土殺しや中心取りもできているということになる。
驚いた。

すごい吸収力と器用さ。
おそらく集中力もそうとうなもの。

初日であんなにしっかりコップを作ったという事実がすごい。
そしてそして、それに満足していない謙虚さ。

「初日でここまで作るなんてありえない。俺を含めて大学でも、こうもすぐにできた人を俺は知らない。
 おそらく、君にすごく学ぶ才能があるのか、俺にすごく教える才能があるのか」
驚きと賞賛と才能への妬みも若干含めつつ、正直に賞賛した。すると、
「多分、両方でしょう」
と返ってきたので、
「そうだね、両方だ」
ということで落ち着いた。

モザンビーク人は残念ながら、日本のような質のいい教育を受けていないのだけれど、頭のいい人、勘のいい人っていうのは確かにいる。
もっといろいろ教えたい。

kamadasi6  補修
俺の割れたツボをあげたら見事に修理した。

モザンビーク ~人々~ | 01:51:14 | Trackback(0) | Comments(0)
生徒に言われたこと。
以前、二十歳そこそこの女子生徒に年齢を聞かれ、24歳(当時)と応えたら驚かれた。

「35歳くらいかと思った」

俺驚いた。

そばにいたもう一人。

「40歳くらいかと思った」

こら。

そんなに老けて見えるのか?
それとも外国人だから年齢不詳に見えるのか。
まったく同年代レベルに見られてなかった。



今日はドミ。
週末は何かと用事でドミが多い。
たまには任地でのんびり過ごしたいなー。

モザンビーク ~人々~ | 09:54:19 | Trackback(0) | Comments(7)
ごめんなさい言わない
モザンビークには、自分の非を認めない、謝らないという文化があるように感じられます。

待ち合わせとか物の貸し借りとかで、時間に遅れたり期限に遅れたりした場合。
謝ることはまずなく、言い訳を始めます。

「バスが遅れちゃって・・・」←分かりきってることやのに余裕を持って出ないから
「ちょっと病気で・・・」←すぐ言うからうそっぽい
「忙しくて・・・」←ギリギリまで何もしないから
「用意したけど持ってくるの忘れて・・・」←まあまず用意もしてない
「食事当番が遅くなって・・・」←間に合わせようと急いだ感じも無い
「準備し始めるのが遅くなって・・・」←ん?これは言い訳か???

こっちだって、責めても時間は取り戻せないことは百も承知なんやから、
一言「ごめんなさい」という言葉が欲しいだけやのに。
言い逃れようとするのが見苦しくて腹が立つばかり。

先日も、個人的に陶芸を教えて欲しいという生徒が、
集会か何かで1時間半くらい遅れてきた。

――生徒が遅れてやってくる――
生徒 「今粘土持ってきます。」
オレ 「ちょい待ち。約束は何時やった?めっちゃ遅れたやん」
生徒 「集会が終わるのが遅れちゃったんです」
オレ 「言い訳は欲しくない(例え正当な理由でも)」
生徒 「せ、せんせい?」
オレ 「ここではどうか知らんけど、日本ではとりあえず遅れたら謝るもんなのよ」
生徒 「ふわあ、先生遅れてごめんなさい」

・・・完全に「ごめんなさい」を言わせた。

言わせたにも関わらず、その「ごめんなさい」の一言で胸がスーッと晴れた。
もう何もかも許して水に流してやろうという気にさえなった。

どれだけ「ごめんなさい」の一言に飢えていたんだろう。
やっぱり非を認めて謝る文化はここにはなかったんだ。

と再認識。

人が間違いを起こすのはしようがないこと。
それを自分で間違いと認めて初めて、反省したり改善したりできる。
成長、発展につながる。

ここの人は、間違いをウソや言い訳で隠して、何も間違ってないことにする。
結果、反省も改善もしないことになり、同じ間違いを繰り返す。
成長も、発展も無い。

成長も、発展も無いのだ。


さて、最近気づいた問題は、俺も言い訳癖がちょっとうつっていたということ。
ヤバイと思ってちゃんと謝るようにしたら、やっぱりそっちの方が
気持ちがスッキリしたよ。

モザンビーク ~人々~ | 06:47:56 | Trackback(0) | Comments(4)
次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。