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りゅう

Author:りゅう
愛媛県出身。
青年海外協力隊19年度2次隊
モザンビーク共和国マプト州の片田舎
美術隊員として派遣。
派遣期間2007年9月~2009年9月

そんなりゅうのJOCVの一部始終を、断片的にお伝えします。

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5000万人を背負って
圧巻の一言に尽きる、キム・ヨナ選手。

言ったのか言わされたのか、こんな言葉を残している。

「私が世界一になるのを、5000万人の国民が待っている」

5000万人が待っている!

それを自覚しながら、期待に応えたキム・ヨナ選手。

それを言ったら真央ちゃんも1億3000万の期待を背負いきったのだけれど。

俺なんてバイトでちょっとミスしたりするとすぐ弱気になったりするのに。
1人も期待してないだろうに。
5000万人なんてそら恐ろしい。

しかし韓国の星キム・ヨナ選手、キス&クライで自分の得点が出た時の第一声、
「オーマイガッ」
英語かよ。

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思ったこといろいろ | 06:34:56 | Trackback(0) | Comments(0)
テレビのスポーツに自分を重ねるのはなぜだ?
今、オリンピックのスノーボードハーフパイプが終わった。

最近、テレビのスポーツ選手の大一番を見て、自分のことのようにドキドキして手に汗をかく。
今回のスノーボードもそうだし、何カ月か前にあった亀田vs内藤のボクシングのときも、外に音が聞こえるんじゃないかと思うくらいドキドキと胸が鳴った。
何年か前まではそんなことはなかったのだ。

昔よりも明らかにスポーツ観戦熱が上がっている。
おっさん化しているのかもしれない。

そもそも人が誰かに感動するのは、その人に共感できる経験を持っているからで、だから年をとると涙もろくなったりするのだと思う。
人生経験を積んでいくと、簡単に他人に自分を重ね合わせられるようになるのだ。

じゃあ人は(俺は)スポーツ選手に何を重ね合わせているのだ?
どの部分を自分と思って自分に重ねてあんなにドキドキしているのだろう。

とか書いてるうちに答えは出てたや。

思ったこといろいろ | 13:42:09 | Trackback(0) | Comments(0)
1次隊帰国。いよいよ次は自分だ。
2年前に赴任した19年度1次隊が帰国しました。
2次隊の俺はあと3ヶ月となりました。
1年9ヶ月は、過ぎてみれば早かったような気もするけれどやっぱり長かったかな。

写真は先日行われた送別会の模様。
ココナッツ風味が特色の、モザンビーク中部ザンベジア料理のお店。

乾杯

今回送別されたのは5人。
任期を延長したり短期で戻ってくる予定の人がいたりで、
なかなか帰るという実感は湧いていないという人もいたようだけれど、
それぞれの話を聞いていると、2年間という月日を過ごしたんだなあという貫禄が、
エピソードの節々から伝わってくるようでした。

集合

ついに最古参の隊員になってしまいましたが、
年齢でいうと僕は下から数えたほうがずっと早いので、
そんな気があまりしません。

でも3ヵ月後には帰るんです。
すっきりモザンビークとお別れできるように、
残りの任期を健康に一生懸命まっとうしたいと思います。


思ったこといろいろ | 05:53:35 | Trackback(0) | Comments(6)
くりぃむしちゅー
最近のこと、最近思ったこと

陶芸の授業が始まったけど、生徒が苦労するのはやっぱり土の準備。

大学でも実家でも、俺は業者や組合から買った土しか使ったことなくて、
去年、生徒がそこら辺から採ってきた土でも全然使えるのを見て、
俺は正直びっくりしてた。

川の近くとか畑から採ってきなさいって言ったら、本当に採ってきて、
しかもそれをがちゃんと可塑性のある成形できる土になったのだ。

地面を掘って練って立派な土になるという体験ができて良かったと同時に、
今まで自分がその体験をしてきていなかったことに驚いた。
陶芸専攻で大学を出ているのに。

生徒が苦労するのは土を見つけることではなく、
本当に苦労するのは作りやすい固さにまで土の水分量を調節すること。
多くの生徒がべちゃべちゃの土を持ってきて授業中何も出来ず、
乾かすために放置し、カラッカラに乾いてしまってまた作業が遅たりする。

一応土の準備の手順は黒板に書いてノートに写させて説明したけれど、
一回聞いただけでできるはずもなく、明快にイメージを伝えるのってむずいなあと思った。
いまだに言葉もいろいろ分からないし。
ちょっと間接的な言い回しをされるとすぐに見失うし。

そういえば半年周期で実感していたポル語の急成長期が来なかった。
どうした、もう頭打ちか?
そんなはずはない。
まだ絶対伸びる。



先日、接続が超不安定な自宅のネットでレシピを調べて
クリームシチューを作ってみた。

こっちに無いし、昔テレビで作っているのを見て簡単そうだったから。
ルーからでも、作るだけならほんとにすっごく簡単でびっくりした。

モザンで一般的なお野菜、コウヴィ(ケール)も一緒に煮込んだ。くりぃむなんとか


思ったこといろいろ | 14:11:50 | Trackback(0) | Comments(4)
いい人生
いい人生っていうのは、

失敗しない人生じゃなくて、

後悔しない人生だと、

そう思ったので、

書き記してみた。

失敗しても、やれるだけのことをやっていたら、

後悔しない。

思ったこといろいろ | 08:40:40 | Trackback(0) | Comments(4)
1年が経った。1年が残っている。
2007年9月24日に日本を出発した。
2008年9月24日、隊員活動がスタートして1年が経過した。

そしてモザンビークでの生活が1年を過ぎた。

たまに、外国での生活ってこんなにも当たり前に過ぎてっていいものなのか、と戸惑う。
でもいつまでも驚きと発見の連続では身が持たない。
覚えていくし、学んでいくし、慣れていく。
自分が自分である以上、モザンビークでの生活の中にも自分のやり方を見つけ出し、
そして自分の悩み方で悩む。

本質的には変わらないのだけれど、1年前の自分とは明らかに違う。
良くなったり悪くなったりしてるかもしれないけれど、
この場合の「良い悪い」は日本をベースにした評価で、
モザンビークをベースに考えると順応してきているだけなので良くなっただけ。

最近になってやっと、モザンビークのリズムが掴めてきたような気がする。

口で言う時間と実際の時間とのずれを想定して行動できるようになってきた。
(まだまだ予想しきれないところは多々あるにせよ)
モザンビーク人のだめなところのうち、許せる部分が見えてきたのでピリピリしなくなった。
(日本人だと許せたようなことも過敏に反応して、「これだから途上国の人は」なんてすぐに思ってた。)

後者の変化は自分にとってかなり大きい。
最初の頃はモザン人の言うことを言葉のまま受け止めていたので、裏切られることが度々あった。
そのうちにそれらを全部否定するかのように完全にバリアーを張り、言うことの全てを疑ってかかったり、小さな過失にも「またか」と大袈裟に落胆してみたりした。
最近はそれも日本人のルーズな面の延長上にあるもんなんだなあって思えてきた。
それは完全に諦めたということではなく、距離感が掴めたということ。
だめなとこはちゃんと言うけど必要以上に責めたりしない。
気持ちに余裕ができた。

気持ちに余裕ができたら、今度はモザン人の良い所が見えるようになってきた。
人懐こく明るい性格は前にも増して俺を元気にしてくれるし、
まじめな面だって、一生懸命な面だってちゃんとある。
同じ人として認められるようになってきた。

でもこうなるのに1年もかかるとは正直思ってなかった。
自分なりに苦労してきたと言っていいのかもしれないこの一年。

まだ苦労はたくさん待っているのだろうけど、今までとは違う苦労なはずで、
今までとは違う苦労である以上、乗り越えたら今までとは違う新しいものを得るだろう。

あと1年。
まだまだ、もっと強くなりたい。

思ったこといろいろ | 08:23:22 | Trackback(0) | Comments(2)
ポルトガル語できます
このブログに付けている帰国までの日数カウンター。
普段あまり気に留めることが無いので知らなかったけれど、300日台になっている。

9月24日で日本出発から1年を迎えるのだからその日数は当然なのだけれど、
ちょっとびっくりした。

そして1年を過ぎた頃にはポルトガル語はまあペラペラなものだと思っていたけれど、
日常話しててスムーズに通じないことがまだまだ沢山ある。

そして帰っていった先輩や1年経った今の自分を見たりして、
所詮、2年やそこらの語学力なんてのには限界があるのだなと実感。
語学には最後まで苦労しながら、わからないことをたくさん残したまま帰るんだと思う。

それでも俺は「ポルトガル語が話せます」と言える。
「話せる」というのはその程度の語学レベルということであり、
「話す」ことはそんなに難しいことじゃないということでもある。

目線ひとつでも意思を伝えることが可能なわけだし、
コミュニケーションは語学力だけじゃない部分が非常に大きい。
大体、日本語でも言葉だけではうまく伝えられないことが沢山ある。

でも語学力はあったほうがかっこいい。
正しい文法を使いこなせたほうが、断然かっこいい。
そのくらいの動機の分だけは、まだ勉強すると思う。
Vou me esforçar.
努力します。

思ったこといろいろ | 05:25:09 | Trackback(0) | Comments(4)
冬休みの旅行と隊員総会
6月末から学校は冬休みに入り、7月頭くらいから僕もザンビアに1週間ほど旅行に行ってきました。
ザンビアに行って、同じ南部アフリカの途上国を見ることで、モザンとの違い、良さ悪さを見たような気がしました。


次の週には年に一度の隊員総会がありました。
このときには国内全ての隊員が一同に会します。

活動の中間報告会もあり、他の隊員活動を知ったり、自分の活動の見直しのいい機会でした。


それぞれ、もっと詳しく書きたいのですが今日は時間が無いのでちょっと。


思ったこといろいろ | 21:34:54 | Trackback(0) | Comments(3)
モザンビークでハッピーバースデー
5月10日(土) 25歳の誕生日。

初めて海外で向かえた誕生日。
特に実感が湧かないのは、パーティーみたいな特別なことをしてないからでしょうか。
この国では誕生日パーティーは自分で企画して、招待して料理を振舞ったりするそうです。

まずどう迎えたかというと、前日の9日(金)放課後、生徒2人に村でビールをおごってもらいました。
ドミでは同期からの手紙をもらいました。

しかしなぜか夜は誰一人いないドミで、そしてなぜかネットが繋がらなくて、早々にベッドに入り、日が変わる瞬間は真っ暗な中でぼんやりと光る携帯の液晶を眺めていました。
そして「00:00」と「5/10」の文字を確認して眠りにつくという、ここ数年まれにみる寂しい状況。
これで直後の彼女からの電話や同期からのメールが来なかったら、救えないところでした。

誰にも言わなかったんだから当然ですけど。

当日はというと、夕方までは一人で街をぶらついて用事を済ませ、
夜はこれから誕生日とは関係の無い隊員とのカレーパーティーに参加します。

来年の誕生日もこの国で迎えるはずなので、次は何か考えておこうと思いました。

さてこれで四半世紀生きた訳ですが、これまで育ててくれた父さん、母さん、いつも応援して支えてくれているりょう、そして今の俺を形成する元となった、俺に関わってくれた全ての人に、感謝の気持ちをささげたいと思います。

ありがとう。

まだまだがんばります。

思ったこといろいろ | 22:30:34 | Trackback(0) | Comments(2)
1月3日、俺たちの元旦
1月3日は大事な記念日。
今日でりょうと付き合い始めてから丸々7年が経過したことになります。

7年前、今よりずっと若かった2人はいろんな波を乗り越えて、そのたびに絆を強くして、今日という日を迎えることができました。

今では幼ささえ感じる多感な高校時代。
遠距離が始まり、足しげく互いのうちに通った大学時代。
卒業後も遠距離は続き、さらには遠距離マスターになるつもりとしか思えない、
モザンビークと日本での遠距離。

この道は自分なりに考えた上での決断だったけれど、強引なところもあったかもしれません。ただ、りょうと付き合っていたからこそ決断してしまったような気もします。今は後悔していません。この道を選んで良かったと思っています。

この協力隊活動を通じて俺は、たくさんの持てるものを提供しながら、それ以上にたくさんのことを学んで、成長して帰らなければなりません。
この国を俺の感謝すべき第2の故郷にすべく、諦めない精神で活動していきたいと思います。

そんな気持ちを再確認した記念日1月3日。
Mケンの誕生日。
おめでとう。


思ったこといろいろ | 07:43:20 | Trackback(0) | Comments(3)
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