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りゅう

Author:りゅう
愛媛県出身。
青年海外協力隊19年度2次隊
モザンビーク共和国マプト州の片田舎
美術隊員として派遣。
派遣期間2007年9月~2009年9月

そんなりゅうのJOCVの一部始終を、断片的にお伝えします。

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ネット天国と思いきや・・・
途上国だけれども、協力隊だけれども、自宅でネットをつなぎたい。

この贅沢な望みも、今ではそんなに飛びぬけた贅沢ではなくなってきている。
ここモザンビークでも、首都中心部ならケーブルテレビを使ったADSLのインターネットがあるし、カードスロットやUSBで通信機器をPCに接続して好きな場所でネットができるというものもある。郊外ではダイヤルアップでも定額で使い放題のサービスもある。

そんな中でも俺が選んだのは、インターネット接続ができる携帯電話をPCとつなげばどこでもネットができるというサービス。最近できたこのシステムにはややこしい契約も不要で、1MBの送受信につき7.87MTnという値段は通話と同じプリペイドなので、使用量も自由にコントロールできる。

ただその初期投資として携帯電話を買わなければならないというのが隊員には少し勇気がいる。
俺が買った携帯も、5999MTnと一ヶ月の生活費の6割近い値段だったけれど、ネット接続ができる携帯としては下から2番目の値段。
それでもMP3やMPEG4も再生でき、outlookと同期してスケジュールやアドレス帳の管理もできる。使わないだろうけどそんな便利な機能付き!
他は大体10000~20000MTnだった。
(1MTn=4.5円、5999MTn=約27000円)
(MTn=メティカル、2MTn以上は複数形でメティカイスと読む)

ドミでこのブログを交信しているときの携帯の様子。
MOTOROLA-SLVR

買って、お店で設定してもらって、何人かに自慢しちゃって、自宅に帰ったら、
電波が弱くてネットが使えなかった。
こんなオチでした。

ネットが開通したと大喜び(勘違い)してお祝いに食べた取って置きのカレー職人。
(acochinco先輩にもらった分)
幻のネット祝いカレー職人

やり場のない切なさも時に経験できる、
そんな国、モザンビーク。

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モザンビーク ~暮らし~ | 21:06:51 | Trackback(0) | Comments(3)
バラッカのご飯
ラッカっていうのは、道端にある小さな飲食店というか、掘っ立て小屋みたいな建物の総称。

そこの鶏カレーと牛カレー。
それぞれ40MTn(180円)くらいだっけ?
バラッカのカレー

こっちでカレーはカリゥと言い、日本のと違ってスパイシーだったり辛かったりしない。
煮込んだものをご飯に掛けて食べるものをカリゥと言ってるみたいです。

普通にうまいです。
衛生的に少しバラッカで食べることには抵抗があることもあり、普段は利用しません。
キッチンはどうか知らないですが不衛生さはあまり感じませんでした。
生野菜は一応注意したほうがいいです。

掘っ立て小屋でもおいしい国、モザンビーク。

モザンビーク ~食~ | 07:10:33 | Trackback(0) | Comments(0)
再会、再会、再会、そして未再会
1月16日(水)

この日は、赴任先がまだ決まってない卒業生に赴任先が発表される日だった。
卒業式の日にちゃんとお別れできなかった何人かの生徒に会えるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて学校に行くと生徒は数人、数えるほどしか来ておらず、少し落胆しかけたところにジョゼーが来た。
ジョゼーは一緒に卒業展示の準備をした生徒で、写真をあげたいと思っていた生徒だったから、よっしゃと。やったぜと。嬉しかった。
ジョゼーは写真にいたく感動してくれた。

そこからは再会ラッシュ。
アゴストが来て、ラモスが来て、ジュリオが来て、ポリカルポが来て!
卒業式の日の後悔以来、渡すチャンスを2年間待ち続けるつもりで用意していた生徒たちの写真と、
まだポル語で言いたいことを伝える自身が無いので書いておいた手紙。
俺の書いたポル語はちゃんと分かるか一応聞いたら、よく書けてるよと褒めてくれたりして。
いったいどっちが生徒なんだか。

こんなにいっぺんにみんなに会えるだなんて全く思ってなかったけれど、
再会を信じて準備をしておいて本当に良かった。

ラモスは確か以前の発表で赴任先が決まっていたから、この日は来ないものとばかり思っていた。
なので会ったときは驚きと嬉しい気持ちと、以前会う約束をすっぽかかされたのでこのやろうと思う気持ちとが混ざって肩をバンバン叩きながら「おめー何やってんだよ」って日本語で言った。
けどそれは結局笑いながら言ってたから、やっぱり嬉しかったんだ。
んで自分と仲のいい生徒同士が仲良いと知って勝手に嬉しくなったりして。

やっぱり生徒がいると自分の中での気持ちの張りが違う。
何でもできそうな、何でもやってやろうっていう気になる。
こんな気持ちになれるのなら、辛い時があっても絶対頑張れる。そう思った。
絶対頑張れる。

ただ、一番会いたかった、一番会ってビールをおごってやりたかった、マルセリーノ・ベルノーゾにだけは会えなかった。彼はもうマプト州内に赴任が決まっているので、来る必要が無かったのだと思われる。ただ変更が無ければ赴任する地区は分かっているので、調べられるかもしれない。
頻繁に変更があるこの国では少し不安だけれど、希望は持っていよう。

信じて待っていれば、生徒に会える日はいつか来るということに実例が生まれた。
もう、何でもできる。俺、絶対頑張れる。

背景
⇒12月3日(月)卒業式、裏切り
⇒12月4日(火)ラモスからの電話
⇒ラモスからの電話その2


モザンビーク ~人々~ | 05:21:08 | Trackback(0) | Comments(0)
おいしい国モザンビーク☆お魚祭り☆
マプトには、Mercado do peixe メルカド ド ペイシェ(おさかなマーケット)があります。
その日水揚げされた新鮮な魚介類が夕方から市場に並び始め、活気に満ちます。
意外と外国人向けの市場のようです。
そこで買った魚を奥のレストランで料理してもらえたりもするそうです。
ただ、ぼったくりやひったくりには要注意。

ちなみにロブスターは、700MTn/kgでしたが、先日行ったイニャンバネのトーフォビーチでは350MTn/kg。
ビーチにいたおじさんに聞いた通常の値段は180MTn/kgでした。
観光シーズンのビーチよりもロブスターは高かった。

そこで、ロブスターやカニやイカや鯛やバラクーダとかいうでっかい魚の切り身なんかをふんだんに買って帰りました。

その日買った鯛を使って作ったお魚料理3品。
鯛1 鯛2 鯛3
つみれ入り澄まし汁・煮付け・鯛めし


身をほぐしてご飯と混ぜて鯛めし完成!
こんな豪華な食材を使ったボリューム満点の料理が、こっちのケンタッキーのセット価格より安い価格に収まりました。
安くおいしく済ませられたのは、港町をたくさん持つモザンビークならではじゃないでしょうか。


そして翌日はドミ(隊員連絡所)の庭でお魚BBQ。大使館の職員の方や、JICAの職員の方をお招きしました。
夏休みの時期で隊員もたくさんドミに居たため、大賑わいでした。

テーブルに並ぶ魚介類。 魚介類だけじゃなく、つくね・砂肝などの肉もありました。
お魚BBQ1 お魚BBQ2


大迫力のラゴスタ(ロブスター)2匹と、載せるかずいぶん迷ったおバカ2匹。
お魚BBQ3 お魚BBQ4


焼きあがったラゴスタにテンションが上がってしまいました。
しかしこの日、最終的にインパクトを残したのは、なんとラゴスタよりもはるかに安いカランゲージョ(蟹)。
ただ焼いただけなのに、その身、にじみ出る汁、蟹味噌の旨みは筆舌に尽くしがたいものがありました。

大勢でワイワイとおいしいものを食べ、おいしいビールを飲み、しかも安いとあれば言うことなしです。
この日、よく冷えたビールがついつい進み、久しぶりなくらい酔ってしまいましたとさ。

ほんとにおいしい国、モザンビーク☆

モザンビーク ~食~ | 00:24:19 | Trackback(1) | Comments(4)
年末イニャンバネ旅行~トーフォビーチ~
12月27日(木)~30日(日)まで、イニャンバネという街に旅行に行っていました。

事務所の方針で着任後3ヶ月は州を跨(また)いでの移動をしてはいけません。
9月25日にモザンビークに到着した俺は、マプトから二つ北にあるイニャンバネ州へと、先輩にくっついて初めて長距離旅行に行ってきました。

当日は5時半起き、しかし7時くらいに出発。
Juntaというターミナルで長距離シャパ(マイクロバスサイズ)に乗り、8時間半にも及ぶ旅が始まりました。
初めて州外に出る瞬間はあっけなく、寝ている間にガザ州に入っていました。

途中、レンガを焼く窯が道端にいくつもあることに興奮しました。
ガザ、道沿いの窯

でも走るバスの中から眺めるだけで、どんなものか見ることはできません。

8時間半後、イニャンバネ到着。

 イニャンバネは旧宗主国のポルトガル(のイメージ)を少し彷彿とさせる街でした。古い建物が並ぶ街並みで海が近くにあって、小ぢんまりとしたかわいい規模の街。

そこからシャパで40分ほど行ったところに、トーフォというリゾートビーチがあります。
そこには南アやスワジランド他から来ている白人しかいません。
黒人はみやげ物売りや警備員、店員のみ、アジア人は我々のみ。

海はチョーきれい。
praia tofo 1

ビーチもすごく広い。
praia tofo 2

しかしチャパチャパと泳いでも遠浅の海は魚もおらず、深さも味わえず、海水浴向きではありません。
そこに居るだけで気持ちいい感じです。

1000MTnでオーシャンサファリを申し込めば、船で沖へ出てジンベエザメやたくさんの魚と一緒に泳げますが、あいにく強風で船が出ず、ジンベエザメはまたの機会となりました。
あったかい国なので泳げないのは年間3ヶ月程度と言っておりました。
機会はまだあろう。

この国にこんなに外人ばっかりが集まるリゾート地があろうとは。
帰って日本に宣伝して、モザンビーク経済に貢献せねば。


みんなで来よう。
レジャーもできる楽しい国、モザンビーク。

あることないことモザンビーク | 09:39:19 | Trackback(0) | Comments(0)
1月3日、俺たちの元旦
1月3日は大事な記念日。
今日でりょうと付き合い始めてから丸々7年が経過したことになります。

7年前、今よりずっと若かった2人はいろんな波を乗り越えて、そのたびに絆を強くして、今日という日を迎えることができました。

今では幼ささえ感じる多感な高校時代。
遠距離が始まり、足しげく互いのうちに通った大学時代。
卒業後も遠距離は続き、さらには遠距離マスターになるつもりとしか思えない、
モザンビークと日本での遠距離。

この道は自分なりに考えた上での決断だったけれど、強引なところもあったかもしれません。ただ、りょうと付き合っていたからこそ決断してしまったような気もします。今は後悔していません。この道を選んで良かったと思っています。

この協力隊活動を通じて俺は、たくさんの持てるものを提供しながら、それ以上にたくさんのことを学んで、成長して帰らなければなりません。
この国を俺の感謝すべき第2の故郷にすべく、諦めない精神で活動していきたいと思います。

そんな気持ちを再確認した記念日1月3日。
Mケンの誕生日。
おめでとう。


思ったこといろいろ | 07:43:20 | Trackback(0) | Comments(3)
モザンビークの果物1:マンゴー
Manga(マンガ):マンゴー
甘くておいしい、あったかい国の象徴的フルーツ。
ここモザンビークでも、夏の11月頃からマンゴーがバカみたいに木になります。

硬くてすっぱい青い時期から道端で売られ始め、塩を付けて食べたりします。
そんな感じでつけもの感覚で食べるのが好きな人もいますがそれは邪道です。

Manga.2
枝が折れるんじゃないかと思うほどに鈴なりのマンゴー


Manga.3
ピンク色なのがアップルマンゴー。日本で商品としてしっかり生産されているものは、5000円/㎏したりします。他の種類に比べ数が少なく、果肉は甘く少し桃のような食感でスジがありません。

奥のかなり大きなマンゴーは、ひとつでもたっぷり食べられます。

そのほかの黄色やオレンジのマンゴーはかぶりつくととてもすじが多く、歯の間にかなり引っかかります。

Manga.1


旬になると都会では道端で100円/㎏しないくらい。
田舎では自分で採って食べるので食べ放題。

おいしい国、モザンビーク。

モザンビーク ~食~ | 10:42:15 | Trackback(0) | Comments(2)
Feliz(幸せ) ano(年) novo(新しい)!
2008年になりました。
日本の年明けはモザンビークでは午後5時やったけん、知らんうちに過ぎてあわてて日本に電話。
ドミのケーブルテレビでNHKの行く年来る年が流れてて年明けに気づいた。
まずはりょうに、そして実家に。
どちらも意外だったのか、驚いてらっしゃった。

こちらでの年越しは、大使館の領事のお宅に隊員10人ほど招いていただいてのホームパーティーでした。
そこに「モザンビークの青い空」の著者の方もおいでになって、お土産になんとマグロを持参!!
俺はそんなに日本の食べ物に執着することも無く、「郷に入れば郷に従え」る人だと思ってたんやけど、
不覚にもマグロの刺身と醤油とわさびに感動してしまった。
やはりうまい、うますぎる。

日本を離れてまだたったの3ヶ月。
モザンビークの食べ物もおいしいのだけれど、寿司、刺身の類はちょっぴり遠い存在。
acochincoさんの話によると帰国後半年経った今でも、スーパーでつい刺身パックに手が伸びるとか。
やはり日本人。

年越しの瞬間はいろんな方面で花火が上がった。
アフリカにしてはそこそこの規模で、一番長く上がった所では10分くらい続いた。
しかし師走の厳かで凛とした雰囲気と新年のすがすがしい空気は全然無くって、
完全に、「お盆の納涼花火大会」。

何はともあれ、無事、初めて、モザンビークでも新年を迎えることができました。
みなさん、本当にありがとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

モザンビーク ~暮らし~ | 10:28:00 | Trackback(0) | Comments(4)

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