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りゅう

Author:りゅう
愛媛県出身。
青年海外協力隊19年度2次隊
モザンビーク共和国マプト州の片田舎
美術隊員として派遣。
派遣期間2007年9月~2009年9月

そんなりゅうのJOCVの一部始終を、断片的にお伝えします。

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隊員活動の終わり
9月24日(木)

チケットに、空港ラウンジへの入場券も付いていたので、
ここぞとばかりに突入して待ち時間を豪華に過ごす。
ワンタンスープ、チャーハン、いろんな菓子パン、エスプレッソマシン、
そしてハイネケンの生ビールサーバー。
全部タダ。

そして香港から成田へはANAの飛行機なので、やっと日本語が使える。
キャビンアテンダントの接客が丁寧!
南アフリカ航空のと違って、食事の配ぜん中に飲み物をお願いしても、
怒られたり無視されたり拒否されたりしない!
さらには笑顔の接客!

いいことがあったわけでもないのになんであの人笑ってるの?

とか同期と話しながら帰国。

15時、無事、2年と1日ぶりに日本の土を踏みました。
モザンビークを発つ時もそうだったけれど、やっぱり何の感動もない、実にあっさりしたものでした。

空港を出て、みんなで航空別送荷物(通称:アナカン)の引き取りのために成田空港近くの貨物地区へ。
全部終わるまでトータルで1時間半くらいはかかったっけ?
全員でまとめてモザンビークから送っていた荷物の引き取り手続きをして、
日本の佐川急便にお願いして各自の実家へ配送手続き。

税関で、本来なら中身の確認などするはずだったのですが、
オフィシャルパスポートということで免除していただいた上に、
お勤めご苦労様でしたと2年間を労ってくれました。

オフィシャルパスの恩恵を受けたのは、2年間を振り返ってもたったの2度目です。
途上国でも日本の空港でも全然特別扱いしてもらえませんでした。
1度目は、帰りの香港で荷物検査をする時、一般旅券の長蛇の列をすっとばして、
オフィシャルパス専用ゲートを悠々と通過。
これは気持ちよかった。

ホテルにチェックインして、同期モザン隊で再集合して、
お疲れさまと、日本での最初の食事に選んだのは焼き肉「牛角」

なんだか店員さんが絡みづらくてかみ合わなかったのだけれど、
それはむしろモザン帰りの俺らのほうが絡みづらいせいなのだろうと、
謙虚に考えるようにしました。

翌日から土日をはさんで3日間、帰国手続き、帰国報告、健康診断、就職関係のオリエンテーション、再会の嵐、夜は毎日のように飲み会の嵐。
日本の生ビールがうまいうまいうまい。

土曜日にはりょうが遠くからわざわざ会いに来てくれていて、
2年ぶりなのにまるで1ヶ月くらいしか離れてなかったみたいな感じで、
「久しぶりー」とか言って再会して、一緒にうどん食べたり、街を歩いたり、
森美術館でアイ・ウェイウェイ展見てアートに触れたり。
あげもちのryokkyと3人で築地で海鮮丼食べたり。


帰国研修の最終日、10人くらいでお昼ご飯を食べながら、
「これで19年度2次隊としての活動は全部終わったねー」
と、結構大きな区切りだったことに気がついたり。
まだすべての同期が帰国したわけではないけれど、
現在進行形だった同期がだんだん過去形になっていく。
隊員が隊員OBになっていく。

そしてここからが本当の始まりなのです。
2年間を意味あるものにするのも、棒に振るのも、
これからの自分が確定していくものなのです。
いろんな人、もの、場所との出会いを必然にしていくのは、
それらに出会った自分自身しかいないのです。

はい。

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帰国後のこと | 00:43:54 | Trackback(0) | Comments(2)
少し遠かったけど悪くなかった帰国までの道のり
モザンビークでのことが終わってからダラダラとこのブログを続けるつもりはないのだけれど、
書いておかなければならないということはやっぱりある。

あっさりと飛び立ったモザンから南アへの飛行機が暗示していたのは、
その後のちょっぴり複雑な帰路だったのかもしれない。

まず、南アフリカから香港への飛行機の出発が1時間半ほど遅れた。
これはよくある話だと思う。
しかしその飛行機の離陸後、1時間ほどしてから、男性の悲鳴が響き渡った。
しかもすぐ近くの後方にあるトイレのほうで。
悲鳴は1回ではなく、1分とかそれ以上続いた。
わめいていた。
わめき続けていた。

「お客様の中にお医者様はいませんか!?」
が現実に。
そしているもんだ、お客様の中に医者が!

近くの中国人が、あれは精神病の患者だと知った風な口をきいた。
俺は眠かった。

気づいたら飛行機が引き返している。
もうしばらくは踏むことが無いと思っていたアフリカの大地に向かって、
飛行機が引き返している。
一同あ然。
しかも空港付近は雷雨。
飛行機の尾翼についているモニターから、機体と南アの街と稲光が確認できた。

尾翼もにたー
稲光で機体が
稲光で空が!


出発からずっと泣き喚いてうるさい中国人の小さな子供が泣き止まない。
子供のことだからしようがないと割り切っていたのだけれど、なんとお母さんがキレてその子に怒鳴っちゃった。
これには近くのみんな軽くひいて苦笑い。

”アフリカの水を飲んだものは必ずアフリカに帰ってくる”
という有名なフレーズがあるのだけれど、3時間で再びアフリカの地へ着陸。

医療スタッフが待ち構えていて、例の男性を病院に連れて行くのかと思いきや。
なんと警察が入ってきてその男性を後ろ手に縛って連行していった。
頭上の棚の荷物の辺りも捜索していた。
はてな?

うわさでは、その男性は麻薬中毒者だったとか。
迷惑な話だ。

そして飛行機は燃料やら食料やら備品やらを補給して、
トータルで出発は6時間半遅れたことになった。
20時過ぎに到着予定だった日本には、絶対その日には着けない。

13時間のケツの痛くなるフライト後、香港に着いたら香港人のスタッフが対応してくれた。
彼が言うには、翌朝の便で日本へはちゃんと帰れます。
ホテルもあります。
とのこと。

南ア航空が麻薬を持ち込ませてしまったのが悪いのだから、むろん便変更にもホテルにも俺たちは料金を支払う必要が無い。
つまり全部ただ。

その用意されたホテルの部屋がすごかった。
ベスト・ホテル・イン・ザ・ワールド2008に選ばれている、
Regal Airport Hotel。
部屋きれい!
テレビ薄い!
ベッド、トリプルっていうの?
すごい。
ここに一人で。

すげえホテル
すげいホテルウ

「こういうところには恋人と来たかったなー。なんで一緒にいるのがお前らなんだ」
と同期をお互いをののしりあった後は、仲良くみんなで晩ごはんへ。
もちろんディナー券もついていたのだけれど、ちょっぴり迷った挙句、一番お得感のあるビュッフェ形式のレストランへ。

そこのメニューときたら。
中華料理ひととおり、刺身、寿司、貝、海老、しゃこ、ふかひれスープ、肉もたくさん、チョコレートが噴水みたいに吹き出てるやつ、ハーゲンダッツアイスクリーム、おしゃれなスイーツたち、etc.
んーもう大興奮。
一応寿司は日本まで(築地まで)おあずけ。
豪華ごはん
おされスウィーツ

香港万歳。
南ア航空万歳。
機内のおかしな人万歳。
まるで廃止された帰路変更制度が戻ってきたようだわ。

帰国後のこと | 03:38:59 | Trackback(0) | Comments(2)

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